YOSHIの青春歌謡曲!!

〜青春時代に聴いた宝物の再発見〜

〜夏の風物詩で炸裂する「阿久悠」節vs「筒美京平」の先進ディスコ調アレンジ…両巨匠による第2次戦争勃発?!〜麻丘めぐみ/夏八景(1976年6月)

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「夏八景」は、1976年6月5日に発売された麻丘めぐみの16枚目のシングル。

 麻丘めぐみは、子役時代からの芸能活動を経て、1972年、16歳の時「芽ばえ」(作詞:千家和也、作曲:筒美京平)でアイドル歌手デビュー。すると、いきなりオリコンチャート最高3位、売上数40万枚を超えるヒットとなり、第14回日本レコード大賞では最優秀新人賞を受賞。

さらに、彼女のトレードマークであった「お姫様カット」がブームとなり、清楚な正統派アイドルとして人気を博し、1973年7月、5thシングル「わたしの彼は左きき」(作詞:千家和也、作曲:筒美京平)がオリコンチャート週間1位、50万枚を超える売上を記録する大ヒット。第15回日本レコード大賞・大衆賞や第4回日本歌謡大賞・放送音楽賞を受賞し、同年の『第24回NHK紅白歌合戦』にも出場する。

その後も、軽快なサウンド筒美京平と、少女性や女の子のイメージを強く押し出した詞の千家和也のコンビでヒット曲を連発し、"演歌のビクター"と言われ演歌勢が主流だった当時のレコード会社の中で颯爽とアイドルポップス路線を切り拓いた。

だが、11thシングル「水色のページ」を最後に、アイドル人気も下降線を辿り、オリコン20位以内や売上10万枚を超えるヒット曲が出なくなった。13thシングル「美しく燃えながら」では初の演歌調曲に挑戦したり、15thシングル「卒業」では作曲家に元ブルーコメッツ井上忠夫を起用したりするなど、この頃は、少女性を脱して大人になった麻丘めぐみの曲の方向性を模索していた時期と思われる。

そんな中での16thシングル「夏八景」、麻丘めぐみの初代ディレクターで途中から岩崎宏美の担当に代わっていた人物が本作品より復帰。起死回生を狙って、作曲には9thシングル「悲しみのシーズン」以来、約2年振りの筒美京平、作詞には岩崎宏美担当時代に付き合いのある阿久悠をキャスティング。これにより、麻丘めぐみでは初の筒美京平&阿久悠の両巨匠によるジョイント曲が誕生する。


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 作詞:阿久悠、作曲・編曲:筒美京平

「夏です どなたもうきうき夏です 夕立ちあとの 蝉しぐれ

虹です 突然大きな虹です 相合傘の終りです

花火がポンとはじけた時 くちびる盗んで行ったひと

ビキニの胸をかくした時 キュートでいいよといったひと

夏はいろいろです ほんとに 夏はいろいろです ほんとに

 夏です いたずら気分の夏です 気楽に泳ぐ熱帯魚

恋です夜明けにゆれてる恋です つめたい海で はしゃぎます

危険にさせるお酒に酔い サンダル脱ぎすて 千鳥足

踊りに熱が入った時 フレアのスカート舞い上がる

夏はいろいろです ほんとに 夏はいろいろです ほんとに

 いきなり誰か肩を抱いて やさしくささやく 色っぽいね

何度か逢って ポツンという 心の底から ほれちゃった

夏はいろいろです ほんとに 夏はいろいろです ほんとに」

 🎵どなたもうきうき夏です…🎵

      普通の作詞家なら、「どなた」なんて詞はまずあり得ない(笑)。いきなり「阿久悠」節炸裂!

 🎵花火がポンとはじけた時 くちびる盗んで行ったひと🎵

🎵ビキニの胸をかくした時 キュートでいいよといったひと🎵

🎵踊りに熱が入った時 フレアのスカート舞い上がる🎵

🎵いきなり誰か肩を抱いて やさしくささやく 色っぽいね🎵

     随所に日本の夏の風物詩を散りばめつつ、男女のロマンスを明るく多少の「ハレンチ」なタッチで表現した詞はさすがで、阿久悠節全開と言ったところか?

また、久し振りにテレビで見る麻丘めぐみは、ふっくらとした大人の女性に変貌しており、甘え声として絶妙に活かされた低めの声質と、ちょっと無理をして出す高音の「泣き節」が冴えわたり、腕を回すシンプルな振りを使って、癖のある阿久悠節を上手く歌いこなしている。

しかし、改めて「夏八景」のシングル盤を聴いてみて驚いた。


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 テレビ映像では全く気付かなかったのだが、シングル盤では筒美京平のディスコ調アレンジが強烈に自己主張しているのである。

この頃の筒美京平の楽曲はディスコ調ポップスへと急激にシフトしており、「夏八景」は同じく筒美京平阿久悠のコンビによる岩崎宏美の「ファンタジー」や「未来」の流れを汲んでいる。

しかし、ディスコ調メロディーと親和性のある「ファンタジー」や「未来」の歌詞とは異なり、「夏八景」はどちらかと言えば演歌が似合いそうな歌詞である。

筒美京平の緻密なアレンジは、自身によるディスコ調のメロディーのパワーを最大限に引き出しているものの、かえって阿久悠の歌詞と喧嘩しているかのようだ。

だが、両巨匠による主張のぶつかり合いによって生み出されたミスマッチ感が逆にこの曲の存在感を際立たせているとも言える。

 以前のブログで、岩崎宏美の「私たち」と「ロマンス」のA面争いが、作曲家「筒美京平」と作詞家「阿久悠」の両巨匠による争いではないかと述べた。

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 今度は、麻丘めぐみの「夏八景」に舞台を変え、両巨匠による第2次戦争が勃発したようにも思える。

 「夏八景」は、オリコン最高64位、売上数2.1万枚※にとどまり、麻丘めぐみ人気の下降線に歯止めをかけることはできなかった。麻丘めぐみは翌年の1977年6月、フジテレビ社員のディレクター渡邉光男と結婚し、周囲の反対を押し切って芸能界を引退。

※1968-1997オリコンチャートブックによる

「夏八景」での両巨匠による争いは、ほとんど話題に上ることもなく、曲と共にひっそりと消え去って行ったが、両巨匠による主張のぶつかり合った「夏八景」は麻丘めぐみの歌手活動の中で一瞬キラリと光る線香花火のような存在感を発揮したのではないだろうか?