寒い夜明時の別れと旅立ちをテーマにした曲で、76年11月1日にリリースされた郷ひろみ19枚目のシングル。
作曲はお馴染みの筒美京平だが、作詞はホラー漫画や「まことちゃん」で有名な漫画家楳図かずお、という異例?の組み合わせ。
この曲、オリコンチャート最高5位と、決して売れなかった訳ではない。だが、郷ひろみの数多くのヒット曲の中に埋もれてしまったのか、ヒットメドレーなどでもまず歌われる事はない。でも、僕の中でダントツのイチオシ曲!!
発売された頃から楳図かずおが作詞していた事は知っていたが、当時は「楳図かずおにしては、結構上品でまともな歌詞を書くなぁ~」とか「筒美京平のサウンドと意外とマッチしているなぁ~」程度にしか思っていなかった。しかし、改めて歌詞を見てみると思わず唸ってしまった。
作詞:楳図かずお
作曲・編曲:筒美京平
「退屈ですね お嬢さん なんて悪い冗談
あなたは顔を伏せたまま 歩きます
冷たい指を気にしすぎ にぎりしめて いますね
一人で脅える幼ない心が 好きさ
ビーズの赤い 指環がちぎれ 飛び散り あなたは
悲しくて つなげられなくて…
もう あの日には 戻れない 寒い夜明けなのです
あなたと はなれて行きます ここから そして今日が始まる
唇 ばかり かまないで 笑顔見せて下さい
楽しいふりしてごらんよ 明るくなるさ
渋谷で買った エナメルのブーツ すり減ってしまい
足音も 揃わないなんて…
※二人の愛も同じです 寒い夜明けなのです
あなたと はなれて行きます ほのかな 駅に人も見えます※
あなたが刺した 刺繍のバラも 破けて毛糸が もつれ合い
枯れそうで泣いた…」
(※くり返し)
歌い出しが「退屈ですね お嬢さん」!!
別れの朝、二人で最寄りの駅に向かうシチュエーションだと思われるが、この間は、二人は終始無言で、重苦しい空気に包まれていたに違いない。この重苦しい雰囲気を打開しようと、主人公の彼は「退屈ですね お嬢さん!」とおよそお嬢さんとは言えない年齢の彼女に対して趣味の悪い冗談を飛ばしたのだろうか…? とにかく、普通の感覚では、全くこんな展開を思い付かない!!いきなり楳図かずおワールド全開と言ったところか?
「ビーズの赤い指環がちぎれて飛び散り、つなげられない」
「渋谷で買ったエナメルのブーツがすり減ってしまい、足音も揃わない」
「刺繍のバラも破けて毛糸がもつれ合い、枯れそう」
もう二人が幸せだった頃の日々には戻れないことを意味する楳図かずお独特の暗喩的でシュールな歌詞の三連発!!!
まさに鬼才楳図かずおの面目躍如!!
「あなたと はなれて行きます ここから そして今日が始まる」
「あなたと はなれて行きます ほのかな 駅に人も見えます」
駅には、始発電車を待つ人だろうか、1日の始まりの胎動が此処にはある。日の出と共に新たな旅立ちには絶好の場所。
十数年程前に日帰り出張が多かった頃、始発電車に乗るために駅に向かう途中、まだ薄暗い夜明け前にこの曲を良く聴いていた。
筒美京平の爽快なリズム感のサウンドと共に、楳図かずおの歌詞の中に出てくる主人公の彼の彼女に対する細やかな思いやりが感じられ、別れの重苦しい雰囲気を吹き飛ばしている。
郷ひろみも自然体で気持ち良く歌っており、大ヒット曲「よろしく哀愁」(74年9月発売)よりも歌唱力の向上が感じ取れる。聴いていても別れの曲とは思えないくらい心地良い。まさに昭和の隠れた名曲と言えるのでは!!
ヒットメーカーの筒美京平の鬼才楳図かずおのコラボ、もっと数多くの曲で聴きたかった気がする。